第一章 始まり――僕の探していたものはここにあるのだろうか
「起きろ、ティミノ!朝だぜ!」
ざあ、という音と共に輝く朝日が東の窓から射しこみ、部屋の中には影が生まれる。
「うんんう。もうちょっと寝かせて・・・」
ティミノと呼ばれた少年はまた布団の中に帰っていく。ティミノを起こしている少年、ラフルドは諦めずに
「今日は何の日か覚えていないのか!」
ティミノは覚醒したように起き上がる。
「そうだ!旅行に行く日だ!」
「呼びにきてよかった。お前、完全に忘れてただろ?」
ティミノは時計を見る。まだ五時四十分ごろだ。ラフルドは濃い藍色の目にかかる髪を掻き揚げる。
「ラフルド、ちょっとかなり少しだけ早すぎるんじゃない?俺がいつも休みの日に何時に起きているか知っているでしょ?」
ティミノはエメラルドグリーンの瞳をこすりながら言う。
「知ってるから呼びに来てるんだよ!お前休みの日は朝ご飯と昼ご飯をまとめて食べる腕前だろ!お前、あと言ってることおかしいぞ」
「気にするとメジャーな男にはなれないよ」
ティミノは瞳と同じ色の髪を掻き揚げながら言う。
「そんな事はどうだっていいから準備しろ!」
ティミノは返事をせずに立ち上がって、
「じゃあ、適当に手伝ってよ。まず・・・朝ご飯の準備をして」
ヨーロピアンチックなタンスを開けながらティミノは偉そうなことを言う。もちろんラフルドは、
「じゃあ後で集合場所に来いよ」
完全な無視。一人残されたティミノは、夏の太陽の日を浴びながら大欠伸をした。
「おはよう、ラフルド。ティミノを呼びに行ってたの?」
背の高くない金髪の少女、ラーナは言う。
「ビンゴ。あいつはいつも遅いからな」
「本当だよね」
ラーナも旅行に行くメンバーの一人だ。別に誰かと付き合っているというわけでもない。もう一人そこには少女がいた。黒い髪をした、シィラマという名を持っている。
「あれティミノじゃない?」
シィラマは二人に向かって右を指差しながら言う。二人は振り向く。そこには夥しくもヤル気のない顔のティミノが歩いてきていた。
「メンバーはそろったね。じゃあ、行こうか」
ティミノが着く前に三人はティミノと逆の方向にゆっくりと歩き出した。ティミノは歩くスピードをあげた、気がした。
ティミノが追いついたのは信号で三人が止まっているところだった。四人とも荷物は少ない。必要最小限の物しか持っていない、はず。
「ちょっとは待ってくれてもいいじゃん!」
ティミノは息を切らしながら嘆いた。
「おはよう、ティミノ」
「ああ」
ラーマの挨拶にティミノは二文字で返した。
「青になったよ、行こう」
「・・・誰も俺の言葉には返事してくれないわけね」
一向は再び駅に向かって歩き出した。
電車を乗り換えて一行が向かったところは港だった。ここで予約済みの船に乗ってウエスト・ファイラ王国に向かうことになっている。目的は勉強という建前の観光だ。初めに予定していたメンバーはもっと多かったのだが、麗しくない成績を修めてしまったので行くことが出来なくなったりしている。
「いい匂い。磯の香りだねぇ」
ティミノが言う。駅は海岸から遠くないところにあって、駅の海岸側のところは高い堤防になっている。この堤防はかなり頑丈で、世界でも有数の腕を持つエルライド・クルフと言う男が設計したらしい。堤防に設計も何もないという突っ込みは置いておくことにする。また、その堤防から駅に向かう道は車の通れない一本道で周りには森のような数の気が植えられている。この木は津波によって堤防が決壊したときには多少は駅を守ってくれるだろう、と植えられたものらしい。
「詠嘆してなくてもいいから何か食べようぜ」
ラフルドはみんなを誘って駅の構内にある小さな店に入る。その店はそばなどを売っているようだ。この駅の中には数々の商店があるが、これからの船旅を考えると軽いものの方がいいというラーナの意見によってこの店に決めた。
「ねえ、今いつ?」
ラーナが言う。腕時計のある位置を三人が見る。が、ティミノは時計をしていなかった。
「今は今だよ」
ティミノは眠たそうに答える。
「そうじゃなくて、今いつって聞かれたら時間、今日いつって聞かれたら日付。これは常識だって」
「知らねぇ」
ラフルドが言う。
「あー、時計忘れた!」
ティミノは唸る。
「今は七時ちょっと前だよ。ティミノ、しっかりしろよ。お前はもともと時間にルーズな人間なんだから」
ラフルドはさらりと言った。
「ちょっと、そんなひどいこと平気な顔して言わないでよ、ラフルド。時計は身体の一部なんだって、俺から見れば。いつも俺が時計しているのは知っているでしょ?」
「知ってるけどさ・・・」
ラフルドの言葉をシィラマが繋ぐ。
「だったら身体の一部を忘れてこないでよ」
「じゃあ行こうか」
ラフルドがそう言うとみんなが立ち上がった。
「しっかり食べたな」
ラフルドが呟く。目の前にはそばの入っていた器がラフルドの座っていた席に所狭しと並んでいた。もちろん他の人のものは他の人の据わっていたところにある。
「朝からいつもこんなに食べるの?」
ラーナが関心と呆れで半分ずつの顔で言う。注文したときからずっと言いたかったことだ。
「いつもよりは少しだけ多いけどな」
シィラマは呆れ前回の顔でラフルドを眺めた。
お金を払って一行は船乗り場に歩いていく。周りは木が多くて夏だと言うのに涼しげな感じがする。事実、木の蒸散などの作用によって涼しくなっているらしい。またこの木の緑色は人の心を休める性質があるような趣がある。
「それにしても気持ちいいね」
シィラマがラーナに言った。夏と言うことさえも忘れさせてしまいそうな心地よさだ。
「いい風」
ラーナが言う。木のにおいと、磯の香りが風に運ばれて通り過ぎていく。
「着てよかったな」
「まだ目的地に全然着いていないけどね」
ラフルドの台詞にティミノが呟いた。
船乗り場についた。目の前にはある程度大きな船が揺れている。
「あれだよね」
シィラマが誰と無しに聞く。ラーナが答える。
「そうだね。たぶんあれ。結構いい船じゃない」
仮にも豪華とはいえない外装だが、旅費はあまりかかっていない。値段の割には、と言ったところだ。定員はわからないが百人程度だろう。ティミノは少し近づく。波の動きをリアルに感じる。海の果てしなさを今まで以上に感じた。
「まあ悪くは無いね」
偉そうに言ったのはティミノだ。
「ぼちぼち乗らない?」
ラフルドが言った。みんなが歩き出す。そして船の中に入っていった。
「ここが俺とティミノの部屋だ」
「ふうん。ラフルド、俺の分までしっかりしてよ」
「・・・意味がわからねーよ」
今ティミノたちは自分達の部屋にいる。船が出港して数分が経過した。出港の時は全員外で自分達がさっきまで立っていた島を見ていた。いざ島を離れてみると自分達の存在を一段と小さく感じた。今までは景色がすぐに変化していたが、海に出るとほとんど景色に変化は見られない。そのことも原因の一つなのだろう。あとは自分達が地面の上に立っていないという不安定感もあるせいかもしれない。
ティミノ達がそんな会話をしていると部屋の扉をノックする音がした。
「入るわよ」
返事も聞かないで扉が開く。ラーナが入ってくる。シィラマはいない。
「あれ?シィラマは?」
ティミノは素直に尋ねる。
「今部屋で片付けをしているわよ。あんた達もしたら?」
「お前はいいのかよ」
ラフルドがラーマに聞く。
「いいんじゃない?あんた達のところに来るって言ってきたから」
「いや、そうじゃなくて。シィラマ一人にやらせておいて申し訳なく感じないのか?」
「申し訳なく感じたら来ないって」
ティミノがナイスな突っ込みを入れた。
「あんた達の手伝いをしに来てやったのに何か文句あるの?」
相変わらず男勝りな口調で言い放つ。
「俺達は平気だからシィラマの手伝いしてやれよ」
「ラフルド、大丈夫なの?じゃあがんばってね」
ティミノが言う。
「いやお前はやるんだよ」
「やっぱり?」
「もちろん」
「私の存在を無視して会話をしないでくれない?」
「っていうかさ、大体片付けって何やるの?やること無いじゃん」
ティミノは言い切った。・・・しばし沈黙。
「じゃあ私は一眠りするから」
「おやすみ」
ラーマはそう言ってラフルドはお休みの挨拶をした。
目の前には華やかな宗教的な建物が建っている。色は白をベースとした青い石の壁だ。それが太陽の光を反射して私の顔を照らす。周りには花々が色とりどりに咲き誇っている。自分が一番綺麗だと主張しているように見える。風が吹いた。とても気持ちがいい。暑すぎない太陽の光を浴びて壮大な山の緑が煌く。健やかだ。空を仰いで見る。溶け込んでしまいそうな蒼。太陽の光を浴びて輝かんとする真っ白な雲。こんなところに来たかったんだ。私は永遠をここに望む。太陽は真南。風は穏やか。目の前には花々。誰もが望む夢。エデン。光の園。そして隣には・・・幸せを感じた。そう、貴方の声を聞きながら――
「起きてよ。綺麗な景色だよ」
ティミノは眠っていたシィラマを起こした。ラフルドとラーナはいない。シィラマは目をゆっくりと上げる。――私は夢を見ていたんだ。
「どうしたの?」
ちょっとポカンとしているシィラマに言った。ティミノは節の高い手をシィラマの額に当てた。
「熱はないみたいだけど・・・」
「ごめん、ティミノ。後で行くから先に行ってて」
「そう?じゃあ無理しないでよ。これから楽しもうね」
そう言ってティミノは部屋を後にした。シィラマは顔を布団で押さえた。――夢の中で出てきたのは誰だったのだろう?いつか出会うのかなあ。いい夢だった。――しばらくシィラマは余韻に浸っていた。
「どうしたんだ?遅かったじゃん」
まさに今、もう一度、今度はラフルドが迎えに行こうとしていたところだった。ラフルドは屋内に入ってすぐのところで出会ったシィラマに言う。ティミノが呼びに行ってから十五分ほど過ぎたところだった。
「ちょっと寝てたの」
「ならいいけど・・・」
時間はもう過ぎていた。太陽が船に乗ったときとは反対の方向にあり、月が光を持ち始める頃だった。
「見てよ、シィラマ。絶景だよ」
ティミノがシィラマの声を聞いて呼びに行く。
シィラマはティミノに手をひかれて一歩大きく前に出た。目の前には橙色の神秘の光が西の空を照らしていた。その空に浮かぶ雲。決して多過ぎず、少なすぎない橙色の雲。少し上を見ると紫色の空。美しいとしか言い様がないグラデーション。南の空には徐々に浮かび上がる上弦の月。そして星。昼と夜の境目の潮風が吹く。そしてシィラマの黒髪を靡かせる。隣ではまだ手を繋いだままのエメラルドグリーンの髪を掻き揚げるティミノの姿が瞳に映る。そして海にはもう一つの夕日が輝く。波の感じが最高だ。波の影の部分とオレンジの部分がより美しさを言うまでもなく出している。
――凄い!夢の続きみたい!
時の流れを顕著に感じる。沈んでいく様子がスローなボールの落下のように見える。夕日が段々海しかない西の方に吸いつけられていく。藍色がいっそう濃くなる。オレンジ色だったところは所々黄色い粒が見え始める。
「綺麗でしょ・・・」
ティミノがシィラマに囁く。
「俺はこんなに綺麗な景色を見たことないよ。絶景だね」
「そうだね。起こしてくれてありがとう」
「いや、気にしないでよ。この絶景はみんなで見たいでしょ?」
そんな会話をしているうちに藍色だった部分は闇に包まれる。上弦の月は自分の出番とばかりに輝きを強くする。
「なんかわくわくするね。早く行きたいな」
そして周りは闇に包まれ、夜の潮風が小さな波を起こす。
「起きろ、ティミノ!朝だぜ!」
ラフルドが昨日と全く同じ言葉を言う。
「うんんう、もうちょっと寝かせて」
ティミノが昨日と全く同じ言葉で切り返す。
「朝日を見た言っていったのお前だろ!起こしてやってるんだから起きろよ!」
「今日はもういいよ。眠たいし・・・」
ティミノはやる気ゼロだ。
「じゃあ俺は見てくるぜ」
ラフルドは部屋を出てデッキに向かう。薄暗い、朝と夜との境目。太陽は後少しで顔を上げようとしている。そこには女子が二人立っていた。上弦の月は消えてしまったようだ。
「ティミノは?」
ラーナが言う。
「やっぱり寝ている。もったいない」
「・・・昨日私に言った言葉をそのまま返してやりたいわ」
話をしている間に橙色の太陽が昇る。西の空の星は出番の代わりで姿を隠していく。重力を無視しているようだ。神秘的に煌きながら徐々にのぼっていく。海は綺麗に映し出し、波が太陽の形を揺らしながら変化し続ける。なぜか太陽は昇ると黄色に変わる。最初はオレンジ色だったのに。世界には影が生まれた。そして闇で覆われていた海は一瞬のうちに光に覆われる。鮮蒼の海と、爽藍な空。壮快な風と、悠久な雲。壮大な光と、穏便な波。昨日の空とは反対のほうに感じる、同じようで違う美しさ。
「本当のもったいないね」
「そうだよね・・・って、誰、あなた?」
ラーナはすぐ横を振り向くとそこには同じくらいの年齢の黒い髪の色をした少女が朝日を眺めていた。
「私はリティア。恋する可愛い、乙女。名前も可愛いでしょ?よろしくね。あなたたちは何ていうの?」
リティアと名乗った可愛いという少女は微笑みながらラーナ達に向かって聞く。朝日は完全に真っ白な光源となった。リティアの顔が照らされる。目が大きくて瞳は透き通った藍だ。
「えっと、私はラーナ。ラーナ・ミスティよ。好きな食べ物はクレープよ」
ラーナから自己紹介が始まる。次はラフルドがいう。
「そんなこと聞いてないから。俺はラフルド・ジギト」
「私はシィラマ・マラフ。よろしくね」
全員の挨拶が終わった。のではなかった。
「そういえばもう一人ティミノ・ソフィティルっていう時間にルーズなやつがいるんだけど、今寝てる」
ラフルドが代わりに軽い紹介をする。リティアは
「さっき話に出てた人ね。もったいないね」
と言った。
「それで私のこと、よろしくね。で、みんなは何しにウエスト・ファイラ王国に行くの?」
「建前は語学や文化の勉強。実際はかんこ・・・」
ラフルドが言いかけていたことをラーナは阻止する。
「余計なことは言わなくていいの!勉強だけでいいでしょ?」
ラーナがその台詞を早口で言っている間にシィラマはリティアに
「リティアちゃんは何しに行くの?」
と聞いた。
「呼び捨てにしていいよ、えっと、シィラマちゃんだっけ。私は家族旅行ってことになっているんだけど。この年齢になって家族旅行って言うのもちょっと嫌だなぁ、って思っている年頃よ」
答えが微妙に食い違っている。そして、日は昇る。全員朝食のためにデッキから帰っていった。
「どうして起こしてくれなかったんだよ!」
「起こしたのに起きなかったのはお前だろ!」
「起きるまで起こしてっていつも言っているでしょ!」
「一度で起きろよ!」
「俺が起きるはずないでしょ!起きるまで起こさなきゃ起こすうちに入らないよ!」
「そう思うのなら自分でおきればいいだろ!」
「起きれたら苦労しないよ!起きれないから頼んでるんでしょ!」
そんなティミノとラフルドの争いを朝食の待ち時間に見ながらラーナとシィラマは楽しむ。ちょうどいい暇つぶしだ。リティアにも見せてやりたいほど楽しい。
「大体さ、目覚ましあれだけ鳴らしといてどうして起きられないんだ?」
「どうしてだろうね。不思議だね」
「不思議だね、じゃない!」
「不思議じゃないの?」
ティミノの言葉にラフルドは返す。
「・・・さり気に自虐的なことを言ってるのに気が付いてる?」
食事が運ばれる。クロワッサンにハムエッグ、そしてサラダに紅茶と言うスタイルだ。争いが一度止まる。そして全員分が運ばれたところで食べ始めることにする。
「ティミノ、そういえばさっきさ、俺達と同じくらいの年齢の女の子と話したぜ」
「この船に乗っているってこと?」
「そ」
「名前は何ていうの?」
「リティア、だっけ?」
ラフルドが隣に座っていたシィラマに振り向かずに確認する。
「そうだわよ」
シィラマと違う声がする。ラフルドはティミノのほうを見た。ティミノの後ろにはリティアが立っていた。ティミノは気が付いていない。
「ふうん。またあとで紹介してね」
ティミノは言って食事を始める。
「相当鈍いわね」
リティアは言う。そしてティミノ以外の一同は頷く。
「何が?」
まだ気付かないティミノ。
「何の話していたんだっけ?」
と、またティミノは言う。そしてティミノの後ろでリティアは大きな溜め息を放つ。そこで初めてティミノはシィラマでもラーマでもない存在が自分の後ろにいることに気がつく。そして振り返った。
「・・・びっくりしたぁ」
「びっくりしたならもっとびっくりしたって言う感じの反応してよ」
とリティア。
「あなたがティミノ?私リティアね。よろしく。今日の朝日は綺麗だったよ」
「・・・みんな俺のことを考えてくれない。そんなに綺麗なら起こしてくれればいいのに」
ティミノの言葉にラフルドは言う。
「だから何回も起こしただろ?」
「・・・だから起きるまで起こさないと起こしたうちに入らないんだって」
「お前はあの時返事をしただろ?」
「もう・・・いいよ」
そんな会話にリティアは笑っている。そして今日という日が始まっていく。
物語には設定がある。船旅のある物語では目的地に着けるはずがない。ほとんど波が襲ってきたりして遭難する。このはなしも例外ではなく、何か起ころうとしていた・・・